東京芸術座の歴史
東京芸術座の歴史は村山知義の戦前からの演劇活動に代表される流れが東京芸術座の歩みの歴史でもあります。
心座、左翼劇場、新協劇団、そして戦後の第二次新協劇団を経て、

1959年2月4日、薄田研二の劇団中央芸術劇場と合同して東京芸術座の結成に至ります。

以来、劇団は一貫してその良き伝統を受け継ぎ、正統なリアリズム演劇の創造と普及の運動を続けてきました。
年2〜3回の東京での本公演・アトリエ公演。市民劇場例会、子ども劇場おやこ劇場例会、
実行委員会主催による地方一般公演、年間200回にのぼる学校公演を行っています。

日本の文化環境の現状をみれば、演劇観客はまだまだ少なく、
人々の生活の中に演劇が根付いているとは言えません。

私たちは演劇というものは生活からかけ離れたものではなく、万人の財産であると考えています。
私たちが劇団をつくり結集しているのは、劇団の創造目標と運動目標に賛同し、
劇団でなくては出せない緊密なアンサンブルをもって、演劇という芸術方法でよりよい社会をつくる運動をするためです。

多くの人々の切実な要求を的確に捉え、社会の現実を豊かに反映した舞台を創ることにあります。
そして、幅広く多くの民主的運動と連帯し励まし合い、力づけあう演劇を創りだし、
明日の社会建設を担う演劇活動をする劇団です。